作品公開_幻想郷ライン(音楽切符)02 「茉莉花の咲まい」

幻想郷ライン ぶらり幻想郷周遊乗車券
Episode02 「茉莉花の咲まい」
連動楽曲:ひだまりジャスミンティー
文:桜内まつり

「__そしてあなたの役割は、いつだって門の前で寝ることなんですね?」

もちろん問いかけはない。この状態から目覚めるのは当分先のことだろう。
ひなたぼっこをしながらすやすやと寝息を立てているのは紅魔館の門番、紅美鈴。
私、十六夜咲夜にとってはいつもの見慣れている光景ともいえる。
__メイドとしての仕事の合間に、どうしてこうも彼女のもとに来てしまうのかは自分でもわからない。
警戒を解いたその瞼の向こうでは、何を夢見ているのだろうか。誰と会ってどこに行っているのか。

私の能力では時間を止めることができても、先送りすることや後戻りすることはできない。
彼女を目覚めさせる方法は二つ。今ここで声をかけるか、あるいは待つことだけだ。
手元の懐中時計の秒針が進んでいくのを見て、門を後にしようとした瞬間、聞き慣れた声が近づいてきた。

「よー咲夜。あーこいつはまた居眠りですかい」
「こんにちは、魔理沙。」
「はて、居眠りどころかよくこんなところでぐっすりと寝られるよな。おー?起きないかあ」
魔理沙はほうきから降りると美鈴の帽子をずらして見せる。

「こんなに気持ちよさそうに寝て。まあそれだけ平和ってことだ、来客なんて図書館に本を借りに来る私くらいだろう」
「盗みに、でしょう。いい加減パチュリー様に返してあげてくださいよ。」
「おおっと、こうしちゃいられない。今日は急ぎなんだ。帰りの電車に間に合わなくなる」
「ちょっと!もう、あと他にも来客はいらっしゃいますよ、今は電車があるんですから」

こんな会話が日常になるなんて、だれが予想できたかしら。
あるとき八雲紫が幻想郷中に敷いた電車、幻想郷ライン。
そして区間内を自由に乗り降りできるという切符が販売され、人にとっても妖怪にとっても移動手段の一つになった。
紅魔館にも発着できる「駅」ができたので、以前よりも行き来がしやすくなったのだ。

今日もダイアグラム通りに幻想郷ラインは運行している。
一刻の狂いもなく。予想を裏切らないように、絶対的に必ず同じ時刻に同じ場所に止まる。
他の停車駅で羽が挟まれる事故があったとしても、速度を自動調整して間に合わせている。
この時間にこの場所に来るだろうというのは現段階で確実な未来なのだ。

「それに比べてこの人は……」
日々、電車が時刻通りに到着するのに、この門番の怠け度合いには、思わず溜息をついてしまう。
そして必ず寝顔を見て私は微笑んでしまう。どこか愛おしさに変わってしまうのだ。

しかし美鈴がだいたい眠っているだろうというのは予測であり、確実な未来ではない。
「美鈴が起きてちゃんと門番していたときねえ」
館のほうへ戻りながらひとり、少し前の出来事を思い出していた。

スペルカードルールが適用された世界でお嬢様が紅い霧を放ったあの日。
吸血鬼であるお嬢様は陽の光が苦手なのでお昼時の外出はできなく、異変を起こした。
すぐに霊夢たちによって抑えられてしまったけれど、それからのレミリアお嬢様はより素敵な笑顔が増えた。

紅魔館での毎日は大変だけれどもとても幸せだ。
レミリアお嬢様、フランお嬢様、パチュリー様に小悪魔。
そして美鈴。素敵なお方の素敵な笑顔に囲まれて、私がいる。

「そうよ、美鈴にそろそろお茶を淹れる準備をするように言わないと」
階段を下りていきながら、不意に未来に想いを馳せる。
そして、心の奥底で何かが引っかかるような感覚に襲われる。

あと何度、お茶を淹れられるんだろう。
あと何度、言葉を交わせるのだろう。
あと何度……。

美鈴だってそうだ。待っていたら本当に今日も目覚めてくれる?
だれが、いつ、「いつもどおり」を決めたの?
時間を止めることができる私の能力でも、未来の出来事は見透かせない。
彼女を呼び覚ますことができるのは、今この瞬間だけ。

私は一人きりの時間がとてつもなく深い寂しさをもたらしてしまうと分かってしまったから。
今持っているすべて、何も失いたくない。
「もうひとりぼっちは嫌……!嫌よ!」

私は走った。階段を駆け降りて。時間は止めずに、流れていく今を。少し先の未来を早く確かめたい。
美鈴、美鈴__!

「あ、咲夜さん。どうしたんですか?」
「えぇ?め、美鈴?」
庭園に彼女は居た。さっきまで寝ていたというのに、いつもなら起こしに行くまで起きないのに、なぜ?
立ち尽くす私に彼女は駆け寄ってくる。

「こんな息を切らして走ってくるなんて……咲夜さん大丈夫ですか!?何かあったんですか!??」
彼女のまっすぐな瞳に耐え切れなくて目を背けてしまう。そして安堵から出た言葉はまた素直なものでなかった。
「ふふ、ぜんぜんあなたのことってわからないわ!」
「突然わからないって言われても困りますよ……。でも、なんともなくてもよかったです!」

庭園には様々な花が咲いている。どれも美鈴が丁寧に手入れしたものだ。しかし今日はいつもと違う香りが漂う気がする。
「この香りは……?」
「あ、咲夜さんお気づきになられましたか?これは茉莉花、ジャスミンです。今日はお茶の種類を変えてみたんですよ」
美鈴は白く純粋で優雅な雰囲気の花を差し出す。

「もしかして、咲夜さんははじめてですか?ジャスミンティー。いや、紅茶じゃないから悪いことしましたか……?」
「いえ、お嬢様がよければ構わないんですが、しかしなぜ?」
「紅茶もいいですが、たまには変えてみてもいいかなって思ったりして。今日のジャスミンはその一回目ですね。」
「ふふ、あなたは今まで紅茶を飲んだ回数を覚えているというの?」
「いえ!覚えていません!でも一日一日を咲夜さんやお嬢様たちと重ねられるのはとっても幸せなんですよ。」

私はあと何回、と残りを数えていたけれど、美鈴の言う通りこれから重ねていくような考え方のほうが救われる気がした。
「美鈴、ありがとう。では、お茶の準備を進めて。私はお嬢様をお呼びしてまいりますわ」

やっぱり、わからないことだらけね。
ジャスミンティーの水面に咲まい(えまい)が映った。

つづく

楽曲情報
ひだまりジャスミンティー
原曲:上海紅茶館 ~ Chinese Tea、フラワリングナイト

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